みんなと同じ働き方はあきらめた。

30歳まで自分のためだけに生きてきたぼくは、大切な人のために全力で本をつくってみようと思った――

あしたから出版社

晶文社
B6判ペーパーバック/288ページ
定価:本体1500円+税
978-4-7949-6851-7 C0095

装画:ミロコマチコ
口絵写真:キッチンミノル
装丁:矢萩多聞

Synopsis

一冊一冊こだわりぬいた本づくりで多くの読書人に支持されるひとり出版社は、どのように生まれ、歩んできたのか。編集未経験からの単身起業、ドタバタの本の編集と営業活動、忘れがたい人たちとの出会い……。いまに至るまでのエピソードと発見を、心地よい筆致でユーモラスにつづる。夏葉社 の5年間の歩み。

【夏葉社とは?】
昭和51年生まれの島田潤一郎さんが営む、吉祥寺のひとり出版社。「何度も、読み返される本を」をスローガンに掲げ、長く絶版になっていた本や、かつて自費出版で刊行された幻の作品の復刊を中心に、これまで10冊以上の本を刊行してきた。近年は復刊以外に、『冬の本』『本屋図鑑』など、独自の視点で編集した本も手がけている。

Profile


島田潤一郎(しまだ・じゅんいちろう)
1976年、高知県生まれ。東京育ち。日本大学商学部会計学科卒業。アルバイトや派遣社員をしながら、ヨーロッパとアフリカを旅する。小説家を目指していたが挫折。2009年9月に33歳で夏葉社を起業。本書が初めての著書になる。

 

はじめに

とても生きにくい世の中だと思う。

どうしてそうなったのかはわからないが、ずっと、生きにくいなあ、と思っている。

特にぼくのように若いころにちゃんと働いてこなかった人間にとって、
社会は全然やさしくない。
「反省しました。もう馬鹿なことはやりません」と謝っても、許してくれない。
あなたが好きでやってきたんでしょ? 責任とりなさいよ。
ずっと、そういわれ続ける。
すくなくとも、そういわれ続けている気がする。

本当は就職をしたかったのだ。
みんなと一緒に机を並べ、残業なんかもこなして、
たまに、同僚からのお土産が電話の横かなんかにちょこんと置いてあって、
それで、「いいなあ、山田さんは北海道に行ったんですね」などと、
となりの人と話したかったのだ。
でも、できなかった。
一度レールから外れてしまうと、社会は、まったくといっていいほど、
ぼくのことを信用してくれないのだった。

こういう経験をしてきたのは、きっと、ぼくひとりじゃないはずだ。
そんなふうに思いながら、約一年間、コツコツ文章を書いた。
早くして亡くなった人たちのことを思いながら。
いま、たたかっている友人たちのことを思いながら。
ひとりで出版社をやっているというと、多くの人が驚く。
でも、人を雇う余裕もないから、
仕方がない。

ただ、一方では、こうも思う。

本は、多くの場合、ひとり一冊しか買わない。
すごいよかったからといって、二冊三冊買うものではない。
そして、書く人もまた、だいたい、ひとりだ。
ひとりの作家が、夜中にウンウンと唸って書いたものを、
ひとりの編集者が読んで感想をいい、ときに作家を励まし、一冊の本をつくる。
そして、ひとりの読者に届ける。
百万部のベストセラーでも、百部の詩集でも、それは同じだ。

出版業界は不況といわれて、ずいぶん長い。
インターネットや携帯、スマホが、本や雑誌の領分を奪い続け、
本は情報を伝えるための媒体ではなくなりつつあるように感じる。
では、本がなにを伝えられるかというと、
かなり強引だけれど、こころであり、気持ちだと思う。
ひとりの作家のこころを、ひとりの読者に伝える。
そのあいだをとりもつ出版社がひとりであることは、
なんというか、夢のある話のようにも思える。

もちろん、デザイナーも、書店員さんも、本を運んでくれるドライバーさんも、
つきつめれば、みんなひとりだ。
ひとりではなにもできないけれど、みんなが繋がれば、なにかができるように思う。
ぼくは、本と、出版社と、本屋さんの話を書いたが、
この業界はおもしろいですよ、といいたいわけではない。
ぼくが経験したのがたまたま出版業界というだけだ。
ぼくのこれまでやってきたことは、
みなさんの役には立たないかもしれないけれど、
こんなやり方もあるんだと思っていただけたら、うれしい。

二〇〇九年の八月、吉祥寺に事務所を借りて、
そして、いよいよ明日から自分の会社がはじまるのだ、と
胸を昂らせていたときのことが忘れられず、
「あしたから出版社」というタイトルをつけた。
でも、これは、ぼくにしかできないことではない。
決心さえすれば、だれでも、
あしたから、あたらしい肩書きくらいはつけることができる。
生きにくい世の中だけれど、それくらいは、みんな許してくれる。
あしたからデザイナー。
あしたから料理人。
あしたから……。
わからないけど、世の中には、たくさんの生き方がある。
いいたいことがまとまらないので、筆をおきます。

ぼくは、この本を、最愛の従兄、濱中憲造に捧げたい。

(『あしたから出版社』はじめにより)