ビルは赤茶けた岩山。電柱は灌木。 見渡すかぎりの荒れ地。

私はそこに古本屋を開いてしまった。 これでは、まるで「荒野の古本屋」である。

荒野の古本屋

晶文社
B6判ペーパーバック/240ページ
定価:本体1500円+税 
978-4-7949-6845-6 C0095

装画:ミロコマチコ
本文写真:山口規子
装丁:矢萩多聞

2014年3月刊行

Synopsis

およそ古書とは無縁と思える東京・茅場町、古びたビルの一室に“自分の砦”を築いてみた。

写真集・美術書を専門に扱い、国内外の愛好家やマニアから熱く支持される「森岡書店」。併設のギャラリーは若いアーティストたちの発表の場として、新しい 交流のスペースとして注目されている。
これからの小商いのあり方として関心を集める古本屋はどのように誕生したのか!?

散歩と読書に明け暮れたころ、老舗古書店での修業時代、起業のウラ話、店舗運営の実際、
趣味と実益を兼ねてはじめた仕事だからこそ味わえるきびしくも充実の日々……。

オルタナティブ書店の旗手がつづる、時代に流されない〈生き方〉と〈働き方〉!

Profile


森岡督行(もりおか・よしゆき)
1974年、山形県生まれ。東京・茅場町の古書店&ギャラリー「森岡書店」店主。
著書に『写真集 誰かに贈りたくなる108冊』(平凡社)、『BOOKS ON JAPAN 1931 – 1972 日本の対外宣伝グラフ誌』(ビー・エヌ・エヌ新社)がある。
現在、新潮社「とんぼの本」のメールマガジン、コスメブランド「THREE」のウェブサイトなどで日記、エッセイを連載中。
森岡書店 http://moriokashoten.com

 

はじめに

この度は本書を手にとっていただきありがとうございます。
東京・茅場町にて、森岡書店という屋号で
古本屋とギャラリースペースの運営を行っております、森岡督行と申します。

本書は、まもなく二一世紀をむかえようとしていたころ、
大学卒業後の一年間を、就職することなく、
その日暮らしをおくっていたところから話がはじまります。

就職しなかったのは、それでも食べてゆける
素封家のもとに生まれたからというわけではありません。
むしろカネはつねに切実な問題で、
就職に背を向ける立場にはありませんでした。

理由は二つありました。

一つは、ただただ、「社会」に反目していたことによります。
「社会」といっても漠然としていますが、
当時のわたしは環境問題に関心があり、就職にともなうあらゆる経済活動は、
地球の温暖化やオゾン層の破壊につながるのではないか、という考えを持っていました。
大量生産大量消費を前提とした社会・経済の枠組みのなかに身を投じること、
これに違和感を覚えていたのです。
粗大かつ短絡的ですが、当時はまじめに考えていました。
自分が悪いのではなく「社会」が間違っているという見解です。

もう一つは、「社会」に反目していたとはいえ、
いずれは何かしらの職を得なければならない状況にいることを自覚していました。
どこかで折り合いをつけるのであれば、仕事と趣味を一致させたい。
趣味が実益を兼ねていれば、少なくともイヤイヤながらの労働は避けられるはず。
こんなふうに空想していました。
とはいっても、自分の趣味といえば、読書と散歩、それと水泳くらいなもの……。

この二つが混じりあい矛盾となり、
私は自然と「社会」に距離を置いていたのです。
いまの「社会」では地球環境がもたない。
しかし、「社会」に出なければ生活できない、と。

しかし、いまにして思えば、これは単なるわがままです。
働きに出たくないばかりの駄々にすぎなかったといえます。
もし本気で、環境問題と引き換えに「社会」と決別するなら、
自給自足の生活とはいかなくとも有機農業を探ったり、
仏門に入ったり、いくつかの道があったからです。
私にはそうする覚悟がありませんでした。

私が身を置いたのは、アルバイトで生活費を捻出しながら
「神保町」をウロウロする日々でした。
「社会」との直接対決を軽やかに回避しながら本の世界に没頭する、
とは当時の言い分ですが、内実は、ドロップアウトをしたようでしていない、
モラトリアムを享受しているようでしていない、中途半端なポジションにいました。

本書の内容は、「就職しないで生きたい」と考えていた自分が、
ウロついた先の神保町の古本屋で就職し、
その後古本屋として独立をし、つまりは現実社会にどっぷり浸かっていく様子です。
二〇世紀が終わりを告げようとするころから
およそ一五年、私の身の上におこったことです。

職に就いているのに、「就職しないで生きるには」というテーマの原稿に
つい手を染めてしまったのは、この一五年が、見ようによっては
既成の就職の概念を溶解させようと試みた、あがきに似てもいると思ったからです。
おそろしいことに、齢四〇をまえにして、このあがきは今後もつづきそうです。

(『荒野の古本屋』はじめにより)